竹書房文庫より発売されました、エブリスタ発のホラー短編集
「ためしに怪談きいたら、やっぱり幽霊いるし怖すぎた。」
エブリスタで開催された「リアル怪談コンテスト」の中から特に震えた上位24話を厳選収録しています。
この短編集に後書きとして掲載されている、匿名の文章を特別に全文公開いたします。
これを読んだら、眠れなくなるかも…!?
幽霊に関わる恐怖体験をした方は、あなたの周りで何人いるだろうか。おそらく少ないと思う。故に幽霊などいない、恐怖体験など良くできたネタだと言う人がいる。
実際に私も、どちらかといえば「信じていない側」だったと思う。しかし今回のコンテストに投稿された五五八もの応募作品に目を通している内、改めて認識を変えることとなった。
大賞作品となった『私と彼女とあの女』。
深夜の病院内というシチュエーションが、まるで現世から逸脱されたかのような雰囲気を醸し出す。そのような不可思議な世界に迷い込んでしまえば、常識では考えられない出来事も起こりうるという『リアル』がそこにある。
私は幼少時代に身を震わせながら読んだ怪談に登場した『山地乳(やまちち)』という化け物の事を思い出した。その化け物は眠っている人間の寝息を吸い取り、その様子を誰かに見られていれば寝息を吸われた者の寿命が延びるが、誰にも見られていなければ、その者は翌日に死んでしまうと言う。
幽霊や化け物といった類は、つまる所『認知するかしないかの違い』であるように思う。何も見えない者からすれば何も見えず、何も感じない者からすれば何も感じない。けれど作品を読んだ私やあなたは、既に怪異の存在を認知してしまっている。舞台へ立たされ、幕は上がったのだ。
実際に私が大賞作品を読み上げた時の話である。コンテスト締め切りが近付き忙しさのピークに達していた私はずっと集中して応募作を次々と読んでいた。そのとき、私はデスクから聞こえる「かちかち」という物音が気になって仕方なかった。
自分が神経質になっている事に驚く。シャープペンシルの芯を出すような、マウスをクリックするような矮小音。普段なら気にもとめない物音が、どうにも煩わしく感じて仕方がなかった。
真剣に審査を行っている最中、断続的に続く音。かなり我慢をしてきたつもりだが、遂には辛抱出来なくなって声を発する。
「すみませんが、さっきから――」
そこまで言いかけて顔をあげた瞬間、私は気付く。
編集部内に私以外、誰もいないという事実に。
窓の外は夜の帳が下りていた。それだけ集中して読んでいたという事だろう。
しかし、けれども、それならば。
私が先程まで聞いていた、あの「かちかち」という音は何だったのだろうか。
時計の針が動く音? 違う。誰かが私を驚かそうとした? 違う。
困惑する私を、まるで嘲笑うかのように耳元で「――か ち」という音がした。
私は怖くなって、カバンを抱えたまま慌てて会社を出たものである。今では遅くまで残業して会社に一人取り残されないよう努めている。
準大賞である『友達が事故物件に住んだ時の話』にしてもそうだ。不動産屋は事故物件を告知しなければならないと聞くが、孤独死や事故死などといった事件性のないものに関しては事故物件に該当しないという。また不動産屋が関知するよりも以前に何らかの事故事件が起こっていたとしても、それは知り得なかった事とされるのではあるまいか。
つまり私が言いたいのは、今あなたのいる場所が本当に安全とは言い難いという事だ。それは当然、土地だけに限らず人に対してでも言える事だろう。あなたが友人だと思っている人物、恋人だと思っている人物、親だと思っている人物……それらが果たして『本物』であるという証拠がどこにあるか。
先述した『認知』は既に完了されている。これらの作品を読み上げる前と後とでは、既に世界は変わってしまっているのだ。
あなたが主役の恐怖体験は、もう始まっているのかもしれない。